2018年01月18日

567 三河の秋葉信仰-岡崎市美術博物館

★2018年1月14日(日) 晴

 岡崎市美術博物館の無料招待券がありましたので、鑑賞に行きました。

 フォールディングバイク TREK F600で出発。
 しばらくペダルを回したところで、サイクルメーターが動かないのに気づきました。
 センサーの位置が悪いのかと、確認しましたが、問題ありません。
 これは電池切れか?
 ボタン電池の買い置きがあったので、いったん家に戻りました。センサー部分はすぐに交換できましたが、本体の方は電池を入れ替えると、初期設定をしなければなりません。時間がかかるため、メーターなしで行くことにしました。

 名鉄堀田駅から男川駅まで輪行し、丘の上にある美術博物館を目指します。欠町からは上り坂です。30分ほどで到着しました。

 最終日とあって、大勢の鑑賞者で賑わっていました。

 秋葉神社は全国各地に点在する神社です。その大本が浜松市にある秋葉山の秋葉大権現です。秋葉は火伏(防火)の神様です。
 火は暮らしに欠かすことのできないものである一方、火事となれば人命や生活の基盤すべてを奪う危険なものです。充分な消防設備のない江戸時代では、火災への恐れは現代とは比べものにならないほど強いものでした。ですから、防火の神様である秋葉山への信仰は人々の心のよりどころとなったのです。

 展示品の中で目を引いたのが「東海道写真五十三次勝景 前編下」です。五雲亭貞秀が1869年(明治2年)に、東海道沿いの宿と風景を鳥瞰で描いた作品です。展示品では袋井宿から岡崎宿まで描かれ、秋葉山へは掛川から分岐していました。
 1716年の建築といわれる赤坂宿の大橋屋の写真もありました。旧屋号は鯉屋、次に高田屋となり、今の名称になりました。
 街道(道)と宿は、参詣には欠かせないものです。参詣者が増えることで道が整備され、宿も充実します。

 また、街道沿いには夜道の安全のため、常夜燈が設置されました。常夜燈は、現在で言う街灯の役目を果たしており、街道の道標として設置されていました。多くの常夜燈は石で造られています。三河地方には秋葉山の常夜燈が400ほど残っているそうです。

 帰りは東岡崎駅まで走って電車に乗りました。

使用自転車:TREK F600
走行距離:11.8km
(サイクルメーター電池切れのため、ルート・ラボで距離を測りました。)
  

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2017年09月12日

507 歌川国芳・水滸伝の世界

▲2017年8月31日(木) 晴

 岡崎市美術博物館で開催中の「歌川国芳 水滸伝の世界」を観に行きました。
 歌川国芳(1797~1861)は江戸時代に活躍した浮世絵師です。

 水滸伝は12世紀の中国北宋を舞台に108人の豪傑達が集い、腐敗した国を替えるために戦う物語です。これを題材に豪傑の一人ひとりを武者絵として描いたのが「通俗水滸伝豪傑百八人之一個」です。
 また、滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」にまつわる浮世絵も展示されています。
 ただ、どの絵も同じサイズで、図柄も同じように見えてしまいます。非常に精緻に描かれていますが、歌舞伎役者を描いたようにも見え、いまいち迫力に欠けます。
 少し期待はずれの展覧会でした。
  

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2017年07月26日

482 家康の肖像と東照宮信仰

▲2017年7月15日(土) 曇のち晴

 徳川家康生誕の地・岡崎に相応しい企画です。
輪行で、往路は男川駅から岡崎市美術博物館へフォールディングバイクで行きました。

発見その1
 家康は偉大な政治家であり、経済人であったことです。江戸幕府を開き、天下太平の基礎を築きました。250年間以上一つの体制が続くには、強固な組織体制や政治経済の仕組みができていなければなりません。それを作り上げた家康は、やはり偉人です。

発見その2
 徳川歴代将軍は皆、書画に秀でていたことです。徳川将軍の肖像画は、狩野派の絵師によって描かれていますが、将軍自身も鳳凰図や梅鶏図を描いたり、書をしたためています。文化や芸術を愛する心が政権を長持ちさせた要因の一つであったのでしょう。

発見その3
 家康の肖像画はその多くが左向きで、足の裏を合わせて座っていることです。あぐらで足の裏を合わせて座る姿勢は股関節の柔軟性がないとなかなかできません。こんな姿勢がよくとれるな、と思います。それとも絵の中だけの姿勢なのでしょうか。

 帰りは急行も停車する美合駅まで行きました。

使用自転車:TREK F600
走行距離:13.3km
走行時間:1時間1分
  

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2017年05月31日

453 京の美人画 100年の系譜

▲2017年5月14日(日)午後 晴

 岡崎市美術博物館で開催中の京都市美術館所蔵「京の美人画 100年の系譜」を夫婦で鑑賞してきました。
 美人画は、女性の美しさを鑑賞の対象として描いた絵画です。日本では、特に江戸初期の風俗画に始まり、以後浮世絵の主流となって発展しました。

 上村松園「晴日(1941年)」
 由里本景子「望遠鏡(1940年)」
 丹羽阿樹子「遠矢(1935年)」
 印象に残った作品ですが、どれも女性画家の作品です。明治・大正・昭和時代の作品、特に戦時中の作品が多い印象でした。そして現在の京都市立芸術大学出身者が多いのも特徴です。
 洋画と違って輪郭がはっきりしている作品が多く、柔らかく優しい感じがします。
 女性画家たちは、美人画を通して、国家主義や家父長制度への反発、女性の自立を表現しているようにも思います。
 そして、京都は空襲に遭わなかったため、こうした美術工芸作品が多く残っているのでしょう。
  

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2017年03月24日

422 暮らしのうつりかわり展

▲2017年3月10日(金) 晴

 岡崎市美術博物館の平成28年度収蔵品展「暮らしのうつりかわり」を鑑賞しました。

 かつては生活の主役であった道具や器具もテクノロジーの進展や生活様式の変化で、古くさく不便なものとなってしまい、今では全く見かけなくなった道具があります。

 その一つが足踏みミシンではないでしょうか。脚で踏み板を踏み込むことで動かすミシンで、私の家にもこれがありました。母親は軽やかに踏み板を踏み、洋服を縫っていました。雑巾も瞬く間にできあがりました。
 今は既製服を買い、服を縫う人はほとんどいません。雑巾ですら買う時代です。
 展示されていたのは昭和35年製の足踏みミシン。RHYTHMブランドです。、当時の女の人が一番欲しかった道具の一つです。

 白黒テレビも今はありません。素材や形が大きく変わった物の代表でしょう。カラーテレビになり、ブラウン管から液晶になりました。
 テレビ放送が始まったのは昭和28年(1953年)のことでした。そのときのテレビの価格は175,000円でした。高卒公務員の初任給が5,400円の時代でしたから、一般の家庭ではとても買うことができませんでした。ですから、テレビのある家に知り合いや近所の人が集まってきて一緒に見たり、駅前やデパートなどの前に自由に見られる街頭テレビが置かれたりしていました。

 ダイヤル式卓上電話機(黒電話)も懐かしいです。
 私が小学校の頃、自宅に電話はありませんでした。お隣のヤマギワさん宅に呼び出し電話をお願いしていました。
 一家に1台の時代になり、今は携帯電話やスマートフォンで一人1台の時代です。
 展示の黒電話には
 「より早く より明るく より親切に
  県民サービス向上運動 愛知県」
のシールが貼られていました。私が勤め始めた頃の道具です。
 役所や会社の代表電話番号に961-1111とか、51-2111とか、「1」が多かったのはダイヤルを回す間隔(時間)が一番短いからでした。

 二層式洗濯機も姿を消しました。全自動洗濯機の時代になっても、私の実家では二層式洗濯機をかなりの期間使用していました。父親の汚れた作業着を洗うのには、この方が適していたからです。

 懐かしい昔の道具達を見ていると、今の自分たちの暮らしがいかに便利になったか、楽になっているか、重労働から解放されているか、よくわかります。昔の母親の苦労が偲ばれ、改めて感謝の気持ちがわき上がってきます。
  

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2017年02月01日

402 長谷川潾二郎展

▲2017年1月20日(金) 曇時々雨

 東岡崎駅から名鉄バスで『美術博物館』で下車。岡崎中央総合公園内にある岡崎市美術博物館(マインドスケープ・ミュージアム)は近代的でオシャレな建物です。ここで開催されている「長谷川潾二郎展」に行きました。

 長谷川潾二郎(1904年~1988年)は、戦前から戦後にかけて活躍し、画壇の世界に属さず、流行にも迎合せず自分の納得する絵を描き続けた画家です。
 印象に残ったのは『芭蕉の庭』です。
 芭蕉はバショウ科の大形多年草で、高さは4、5メートル、葉は約2メートルの長楕円形となります。その大きな芭蕉の下で少女2人が赤い敷物の上で向かい合って正座しています。少女は少し漫画チックに描かれていて、ワカメちゃんのような感じです。写実的でありながら幻想的で、遠近感があるようでないような不思議な絵に思えました。
 もう一つ心に刻まれたのが、キャプション(caption)にあった「自由に歩き、絶えず新鮮な事物に触れて感動することが、自分の生き方の第一歩であった」という彼の言葉です。潾二郎は晩年股関節の病で自由に歩くことが困難になりました。しかし、アトリエから見える身近な風景や静物画を中心に描くことで筆を置くことを諦めませんでした。自由な歩行を奪われても創作活動を続けた彼の意欲と情熱に心を打たれます。

 美術にしろ、音楽にしろ、芸術は仕事や生活で疲れた心を整えてくれるものです。
  

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2016年08月30日

340 軽井沢千住博美術館へ

●2016年8月20日(土)  曇一時雨

 家族旅行で軽井沢に行き、千住博美術館を訪れました。
 平成23年(2011年)に完成した建物で、開館5周年記念展が催されていました。
 世間的には、千住博よりも妹でバイオリンニストの千住真理子の方が知れ渡っているでしょう。
 千住博は日本画家ですが、蛍光塗料を使用した作品は日本画の雰囲気はあまりしません。
 印象に残った作品は、岩絵具で描かれた『月響』です。崖を描いたものですが、私には月面のように見えました。
 金屏風に描かれた『湖畔初秋図』と『湖畔に蜻蛉図』は、日本画と洋画が融合したような作品です。左の屏風には千住博本人とおぼしき男性の姿があり、湖畔を描写しています。右の屏風には蜻蛉を追っている若い女性が描かれています。二人の間は広く空いています。これから二人が出会いロマンスに発展するのか、それとも永遠に出会うことはないのか、いろいろ想像させてくれる作品です。
 「The Fall room」という暗室の中にある『龍神』は、日本画と言うよりも現代アートです。蛍光塗料で描かれた滝は、通常照明では白く見え、紫外線を当てると青白い蛍光色となります。二つの光が交互に照らされることで、滝の色が変化し、水なのに宇宙のような感覚になるのです。神秘的でした。
 美術館の建物自体も芸術的な造りです。なんと表現していいのかわかりませんが、自然の地形を活かして床は傾斜しており、建物の真ん中に木々があって、自然の中を散策しながら絵画を鑑賞できるように造られています。
 一作家の美術館で大人1200円は少し高い感じはしますが、館を維持し運営していくためにはこれぐらい必要なのでしょう。
  

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2016年08月29日

339 陶芸の森へ

●2016年8月14日(日)  晴時々曇一時雨

 日本六古窯の一つ、信楽焼の町・滋賀県甲賀市信楽町にある滋賀県立陶芸の森に行ってきました。
 私は陶芸に関しては全くの門外漢で、何の知識も素養もありませんが、子供が美大に行っている関係で訪れた次第です。
 六古窯(ろくこよう)とは平安時代末期~安土桃山時代を代表する窯業地のことです。
・瀬戸窯(せとよう:愛知県瀬戸市)
・常滑窯(とこなめよう:愛知県常滑市)
・越前窯(えちぜんよう:福井県丹生郡越前町)
・信楽窯(しがらきよう:滋賀県甲賀市信楽町)
・丹波窯(たんばよう:兵庫県篠山市今田町)
・備前窯(びぜんよう:岡山県備前市伊部)の6窯がそれです。

 陶芸の森には、陶芸館や産業展示室、窯の広場などがあり、焼き物に多少関心があれば素人でも楽しめる場所です。
 信楽焼で有名なのは「たぬきの置物」でしょう。産業展示室の売り場でも、たぬきの置物が席巻していましたし、来園記念撮影場所もたぬき2体が並んでいました。
 園内の最も高い場所にある星の広場には、各国の陶芸家による大きな作品が野外展示されています。『炎の人』は一瞬、鉄人28号と見間違うかのような作品でした。青い胴体、赤い腰回り……、万歳した両手が黄色の炎になっています。制作者はイタリアの作家だそうですが、横山光輝に感化されているとしか考えられません。
 園の中心部は「太陽の広場」です。おそらく岡本太郎が太陽の塔のレリーフ「黒い太陽」を信楽で制作したことから、この名前がついたのでしょう。
 駐車場の車止めがユニークでした。犬が寝そべった形をしています。その名も「おっとドック」。産業展示室で販売もされていました。7千いくらでちょっと高かったですけれども。
 たまには焼き物をじっくり見るのも、心が落ち着くものです。
  

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2014年12月06日

113 NHK放送博物館と東京ステーションギャラリー

■2014年11月28日(金)午後 曇のち雨

 研修終了後、帰りの新幹線乗車まで時間があったので、入場無料のNHK放送博物館を見学しました。

 ラジオ放送は1925年(大正14年)に、ここ愛宕山から始まりました。愛宕山が放送のふるさとと言われる所以です。

 一番目を引いたのが国産初の録音機です。みかん箱ぐらいの大きさで、重さがなんと35キロもあるのです。オープンリールテープです。と言っても、デジタル世代の若い人は知らないかもしれませんね。
 本体には「TOKYO TSUSHIN KOGYO」とありました。東京通信工業の製品です。これも知らない人が多いと思いますが、現在のSONYです。

 そして懐かしい白黒テレビ。私が幼稚園の頃、東京オリンピックはモノクロで見ていました。
 NHK総合放送が全面カラー化になったのが、1971年(昭和46年)のこと。大阪万博もまだ、モノクロで見ていたのでした。

 デジタル液晶テレビ世代には、ブラウン管テレビを知らないことでしょう。その図体の大きさ、奥行きの深さに驚くに違いありません。

 東京駅まで歩きました。
 出光美術館か、三菱一号館美術館に寄ろうと思いましたが、展示内容がイマイチなので、東京駅に行ってみたら、駅舎の中に東京ステーションギャラリーを発見。
 今まで何度も東京駅には来ていたのに、駅の中に美術館があるなんて初めて知りました。

 「東京駅開業百年記念・駅の美術館で楽しむ13日間」が開催中でした。
 入館料200円を支払って、エレベーターで3階へ。
 東京駅の20分の1模型を使ったプロジェクションマッピングが上映されていました。臨場感あふれる音楽と、建物の凹凸を活かした美しい光の映像に魅せられました。
 2階では、1914年12月に開業した東京駅舎創建当時のレンガ壁が、鑑賞できました。普段は保護のため、カバーが掛けられているのです。美術館の空間自体が美術作品となっているという、通常の展覧会とは一味違った面白い機会でした。
  

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2014年05月19日

47 ブリヂストン美術館

■2014年5月16日(金)午後  晴

帰りの新幹線まで時間があったので、東京駅近くの美術館に行くことにしました。
丸の内の三菱一号館美術館に行ったところ、展示入れ替えのため休館中でした。
それではと、八重洲のブリヂストン美術館へ。

テーマ展では「描かれたチャイナドレス展-藤島武二から梅原龍三郎まで」が開催中。
矢田清四郎の「支那服の少女」
に心惹かれました。

収蔵作品では、印象派を中心とするヨーロッパの近代美術と明治時代以降の日本の洋画が展示されていますが、その中では、
カイユボット「ピアノを弾く若い男」
マリー・ローランサン「二人の少女」
ピカソ「生木と枯れ木のある風景」
が印象に残りました。

20世紀美術(抽象絵画)のコーナーは、何を表現したいのか私には理解できません。

  

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