2018年06月21日

625 葦毛湿原へ

★2018年6月9日(土) 晴

 明け方まで降っていた雨が上がり、快晴となりました。
 昨晩までは巴山へ行くつもりでしたが、路面が乾いていない状況で急坂を上り下りするのは危険だと思い、行き先を葦毛湿原に変更しました。

 定期券を使って美合駅で下車し、ミニベロで旧東海道で豊橋へ東進します。
 旧道にはウォーカーやサイクリストが何人もいました。

 東海道は、徳川家康が整備した五街道の一つで、江戸日本橋から京都三条大橋まで総歩行距離が約492kmあり、当時の旅人は平均11~12泊程度の期間をかけて歩きました。今は新幹線を利用すれば2時間強で東京・京都間を移動することができます。
 当時は危険も多く、いわば命がけの旅だったと言っても過言ではありません。ですから、旅立ちとなれば水盃を交わして見送ったそうです。ことさら別れを惜しんだことでしょう。反対に無事に旅から帰ると知れば、出迎えの時の喜びはひとしおだったと思います。

 旅支度も大変でした。現代のようにコンビニやスーパーはありません。お茶、梅、乾魚など携行食品も持ち歩く必要がありました。そのほか、十種類以上の薬や火打道具、糸や針など、必要最低限の荷物だけでもかなりの重さになったといいます。
 旅費はどうでしょうか。新幹線なら東京・京都間の運賃は1万4000円前後。江戸時代は10泊以上の長期であったことから、道中の食事代や宿代がかさむことに加え、七里に渡しなどの船賃や日によっては川渡しなどの料金などもかかりました。当時はあらゆる面で費用がかかっていたのです。

 現在は道路も整備され、歩いても、自転車でも、気軽に東海道の旅を楽しめます。ただし、現代の危険は交通事故。車には十分注意しましょう。
 自転車のペダルを回しながら、歌川広重の「東海道五十三次」を思い浮かべ、昔の風景を偲び、想いを馳せるのも一興です。

 大橋屋は保存のため工事中でした。所有者から豊川市に寄付され、本年12月まで耐震補強も含めた保存整備を施すそうです。

 豊川に架かる高橋のふもとに色あせた字で「ポンポコラーメン」「山本製粉」の看板が見えます。今まで何度も通ってきた道なのに、気づきませんでした。
 東三河地域中心で販売されている、愛知県のご当地ラーメンです。「キリンラーメン」は知っていましたが、「ポンポコラーメン」は初めて知りました。一度現物を見て、食べてみたいものです。

 正午前に目的地到着。
 街中に比較的近い場所に、こんな湿原が存在するとは驚きです。
 「葦毛(いもう)湿原」の名はかねてから知っていましたが、どんな所だろうと思っていました。
 葦毛湿原は、別名「東海のミニ尾瀬」とも云われ、約5ヘクタールの原野に高山性植物のミカワバイケイソウをはじめ、湿性植物など約250種が自生し四季折々の花園をつくり出しています。
 葦毛湿原は、別名「東海のミニ尾瀬」とも云われ、約5ヘクタールの原野に高山性植物のミカワバイケイソウをはじめ、湿性植物など約250種が自生し四季折々の花園をつくり出しており、日本自然百選の一つに選定されています。
 「葦毛」の名は、源頼朝の乗った葦毛(あしげ)の馬が、山を越えるのに疲れ果て、死んでしまったので、愛馬の死をいたみ、手厚く葬ったのがこの地だということでついたといいます。

 木の遊歩道に沿って散策しました。
 ノハナショウブ(アヤメ科)の紫の花が可憐で綺麗でした。

 さて、ランチタイムです。
 ここに来る途中、中華料理店やカツ丼の店(かつさと)などがありましたが、せっかく豊橋に来たのですから、豊橋カレーうどんを食べたい。

 豊橋の中心部に近い、呉服町の『嶋田屋本店』に行きました。この店は東海道沿いにあるため、何度もその前を通り過ぎていて、一度入ってみたいと思っていたのです。
 裏通りの小さなお店であまり目立ちませんが、「大正三年創業」の看板が誇らしげに掲げてあります。午後1時を過ぎていましたので、お客さんは2組いただけです。
 豊橋カレーうどんは、とろろご飯にカレーうどんを盛った豊橋のご当地グルメ。2010年の発売から今年の3月で150万食を達成したことを記念し、特別バージョンの紙エプロンが配付されました。
 鰹だしのきいた昔ながらのカレーうどん(800円)は、とろみが強く、麺はやや固め、具は定番のウズラの卵以外は豚肉とネギだけで、いたってシンプルです。味は普通だと思います。

 今まで、勢川本店(松葉町)、東京庵飯村店(飯村南)、勢川大岩店(大岩町字火打坂、3回入店)、清水庵(大清水町)に行きましたので、これで5店目です。豊橋カレーうどんを提供する店は52店舗。いろいろな店の味を楽しんでみたいものです。

 13時50分、店を出発。
 帰りにも新たな発見がありました。
 蒲郡信用金庫国府支店の駐車場の植え込みに御油一里塚跡の石碑を見つけたのです。「江戸日本橋ヨリ七六里」と彫られています。何度も通ってきた道なのに、今まで気づきませんでした。

 2時間弱で美合駅に到着。15時52分発の電車に乗りました。

使用自転車:KHS Manhattan m451S
走行距離:69.5km(累積1789km)
走行時間:4時間09分


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